心は常に変化しているのよ
なぜかって?
私たちは生きているんだもの
生きていれば変化するものなの
たとえ、憎んでいても、愛していてもね……
綾子の家のベランダから夕日が差し込む。
夕方。
一日の終わりを知らせる合図。
そして。
これからの長い夜を知らせる合図。
私たちにとっての長い夜を知らせる合図――…… キ
ッチンから美味しそうな匂いが立ち込める。
私たちの大好物のビーフシチュー。
サラダを作っている綾子。
そんな風景を夕日の差し込むリビングから見ていた。
ピンポーン。
玄関から音がする。
「はーい」
そういって綾子が玄関へと姿を消した。
私はまだじっと外を眺めていた。
赤い夕焼けを。
廊下から足音が聞こえる。
「何しけた顔してるんですの?」
後ろからは………真砂子の姿があった。
「真砂子………」
私はまだぼーっとしながら真砂子を見ていた。
そんな私の様子に真砂子はため息を一つつく。
「さぁ、食事の用意をしましょう。ケーキ買ってきたんですのよ?」
真砂子はニコリ笑うと、綾子のいるキッチンへと行った。
「あ、私も行く!待ってー!!」
数秒遅れて真砂子の後を追うのだった。
少しばかり早い夕食を終え、三人でデザートを食べる。
居間にあるMDコンポからは静かな音楽が流れていた。
何でも綾子が最近、食事しながら癒し系音楽を聴くのがブームなのだそう。
「綾子の家に来ていつも思うんだけどさー」
「何よ、麻衣」
「絶対に太りそ〜ってことなんだよね」
目の前にあるチョコレートケーキを頬張りながら言う。
「今さらですわよ、麻衣」
真砂子は紅茶を飲む。
「だったら食べなくてもいいのよ?私が食べてあげるから」
ニヤッと綾子は笑うと、チョコレートケーキを取り上げようとした。
「やっ!だめ!!私の好物なんだよ〜」
すがるように綾子にたてつく。
そんな私と綾子の姿を見て、ぷっと真砂子がふきだした。
「相変わらずですわよね。お二人とも」
「……確かに。進歩ないなぁ〜」
「……麻衣と同レベルにされるのはちょっと癪だわ」
綾子が心底嫌そうにする。
「なにおぅ〜」
私は負けじと対抗すると、三人ともプッと吹き出し、笑う。
「あははは。ひさびさだね〜こんな感じ」
「ふふっ。そうですわね」
「あはは。確かにそうねぇ」
それぞれ文句言いながらも、顔は笑っていた。
「じゃあ、パジャマに着替えて部屋に行きましょ」
ティータイムを終えて綾子がそう言うと、みんな綾子が用意したパジャマに着替え、寝る用意をし始めた。
それから数分後。
洗顔などを終え、皆綾子の部屋へと集まる。
「ふぅ。シャワー気持ちよかった」
満足そうに私が言うと、「そうですわね」と真砂子も同意する。
私が一番最後にシャワーを使った。
もちろん一番は綾子である。
部屋へ集まると、さっきまで着ていた服を畳みながらおしゃべりをし始めた。
「ねぇ、さっきの話の続きなんだけどさ」
私は服を畳み終えると、横にあったクッションを抱え綾子に尋ねた。
「何の話ですの?」
真砂子が尋ねる。
「んー。私の部屋に入ったときに『ぼーさん来たでしょ?』っていった話の続き。途中で中断してたのよ」
綾子が説明する。
それを聞いて、真砂子は「なるほど」とぽつり漏らす。
「綾子って、ぼーさんと付き合ってるわけ?」
単刀直入に尋ねた。
綾子はぎょっとした顔をする。
「え?何で?」
「んー?女の勘」
「はあ?」
すました顔をする私に綾子は不満そうな顔で見る。
「それ、私も気になっていましたの」
真砂子も同意見らしい。
「だってさ、最近仲良いじゃん」
私は更に言葉を付け足す。
私と真砂子は期待のまなざしで綾子を見つめた。
「………わかったわよ」
はぁと一つため息をする。
「麻衣のカンのとおりよ。先月からつきあってる」
ぶっきらぼうに答える綾子。
でも少しばかり顔のしまりが弱かった。
――幸せなんだと思った。
「へぇ…そっかぁ〜」
私と真砂子はニヤニヤと笑うと、綾子はそっぽを向く。
「私のことはどうでもいいでしょ?」
少し顔を赤くする綾子。
少しだけ、羨ましかった。
それが、今の私の本音。
「そういう真砂子はどうなのよ?」
綾子がここぞとばかり反撃をし始める。
こうなったら綾子は強い。
私のところに回ってくるのも時間の問題かな?などと思う。
「え?なぜ私ですの?」
「新しい恋なんかないの??この間楽しそうに少年と歩いてたじゃない」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
「なっ…あれは、ただ買い物に付き合っていただいただけですわ。父の誕生日が近かったので、安原さんに手伝っていただきましたの」
慌てて真砂子が訂正する。
綾子は聞く耳を持たないと言う感じだった。
「へぇ〜。真砂子、安原さんと仲良いんだー。全然そんなこと言ってなかったなぁ、安原さん」
私も加勢する。
顔を真っ赤にして真砂子は抗議するが綾子も私も聞いてなかった。
「もう!知りませんわ。勝手に言ってらして」
ぷいっとそっぽを向いた。
「あー、ごめんごめん」
綾子が慌てて謝る。
「ごめん!つい、真砂子の怒った顔がかわいくって…」
私も慌てて謝る。
「……いいですわよ、別に。気にしてませんから」
小声でぽつり漏らす真砂子。
その真砂子の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「じゃあ、麻衣は?」
綾子が尋ねる。表情は真面目そのものだった。
「え?私??」
「そう、麻衣」
真砂子も真剣な表情をして私を見ている。
「この間ナルと何かあったでしょ?」
綾子の言葉にドキッとした。
「え…何で?」
恐る恐る聞く。
「少年が『怪しい』って言ってたのよ。何かあるって」
……やっぱりそうかい
何となく想像してたんだよなぁ……
私は覚悟をして、この間のことを話した。
その間、綾子も真砂子も黙って耳を傾けていた。
ひとまず話し終えると、私は一つため息をつく。
「……ふーん……なるほどねぇ」
化粧水をつけながら、綾子は言う。
真砂子はまだ黙ったままだった。
「ねぇ、麻衣。あなたナルのこと好きなんじゃないの?」
………は?
………なんでそういう話になる?
「な…なんで?」
「だって、ねぇ。真砂子」
綾子が真砂子に視線を送った。
「ええ。私もそう思いますわ」
真砂子はさらりと言いのけた。
「ちょっ…ちょっと、私が好きなのはジーンだよ?何で?」
二人ともおかしなことをういうなと思いながら言葉を返した。
「麻衣、あたし前から思ってたんだけど……」
綾子が言葉を止める。
空気が少しばかりピンと張り詰めたような気がした。
「何?すごく気になるんだけど」
私が言うと、綾子はひとつため息をする。
「ジーンのこと好きだと思い込んでない?少なくてもあたしにはそう見える」
「え………?」
思い込んでる?
『好き』だと?
どうして?
心臓がバクバク鳴ってる。
みんなに聞こえるんじゃないかって言うぐらい音が高鳴る。
「な…何言ってるの?私が好きなのはジーン……だよ?」
声が上ずってる。
何で否定するの?
「麻衣、あなたジーンをナルと重ねて見てない?ジーンを好きって言うんじゃなくて、ナルのことが好きなんじゃないの?」
時間が止まったかのように、静かな部屋。
私は必死で感情をこらえる。
ここで言ってしまったら、何もかも終わりのような気がしてならなかった。
自分の気持ちがすべて否定されたみたいで……
「あ、あたしはジーンのことが好きなの。大好きなの……」
自分で言うものの、言葉に力が入らない。
なぜ?
図星だから?
私はナルのことが好きなの?
自分のことなのにわからなかった。
「麻衣、よく考えてみなさい。後悔したくなかったら、もう一度自分に問い掛けなさい」
綾子がやんわりと言う。
「…あ…あたしは……」
恐らく今の私の表情は困った顔をしているだろう。
なんて返せば良いのか……
答えはわかってるはずなのに……
「あたしはジーンのことが好きなんだよ?何で?何でナルなの?」
やっとの思いで綾子に言葉を返した。
「……ジーンはもういないのよ?この世にはいない。たとえ夢で会えてもそれは麻衣が辛くなるだけじゃないの?…それに…」
「それに?」
「…ジーンは多分気づいてるわよ?麻衣が誰を好きか……あたしたちでさえ思うんだから」
ジーンが?
みんなも?
「やだ…みんなして勘違いしてるんだよ……」
かぁぁっと頬が熱くなる。
ズキン…ズキン…と頭痛を感じた。
綾子は無言のまま静かに頭を横に振った。
あたしはますます頭がかぁぁっと熱くなった。
「何で?どうして?私が好きなのはジーンなの!ジーンのことが好きなの!この気持ちは変わらないのっ!!」
言っているうちに目頭が熱くなった。
つっと頬に伝う涙。
ああ、そうか。
私は泣いてるんだ。
否定されるのが、悲しいんだ。
「どうして否定するのよ?どうしてよっ!?」
私は大声で叫んだ。
その刹那。
パンっと頬に熱いものを感じた。
目の前には真砂子の泣き顔。
…真砂子にぶたれたんだ。
「麻衣、いい加減にしなさい。そんなことを言ってると……周りが傷つくのよ?麻衣だけじゃない、ジーンだって……」
いつもつんとすました真砂子の顔は、そこにはなかった。
そこにあったのは、一人の女の姿。
本当の恋を知っている、真砂子の姿だ。
「うっ………」
私はこらえていた涙をぼろぼろとこぼす。
綾子がそっと私を包み込んだ。
ほっとしたのか、私は綾子の胸でワーワー泣き始めた。
本当はわかっていたの
この恋に違和感を感じていたこと
ただ、否定したくなかった
ジーンのことが好きだって思いたかった
二人とも顔が一緒なんだもの
重ねて見てるかもしれないと思うと余計に辛かった
自分が好きなのはどちらなんだろうと何度も思った
けれど違うね
私が最初から好きだったのは……
ナル
ナルなんだ……
あの学者バカでどうしようもないナルシストなんだ
認めたくなかったんだ
ナルのことが好きだということを
ジーンをナルと重ねてみていたんだ……
だから…
ジーンを見るたびに少しだけ心が痛んだ
好きだと思うたび「何か違う」と思う自分がいた
ジーン…
…ごめんね
「麻衣、ごめんなさい……」
真砂子は泣きながら私に謝る。
私は首を横に振ると、小さな声で言う。
「真砂子…ごめん…ごめんね……」
真砂子も首を横に振る。
「…二人ともありがとう……」
私はまだぼろぼろと涙を流していた。
そんな私を見て綾子が頭をくしゃっと撫でていた――――
ジーンのこと好きだったよ
本当にそう思ってるよ
だけど、本当に好きなのはナル。
ナルなんだ――――
あの、どうしようもない。
ナル……なんだ……
静かに真夜中は過ぎていく。
満月が静かに照らしていた。
長い夜に終わりを告げる、そんな夜に――…………